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楽天とアマゾンについて思ったことを5分で書いてみる。

2010年04月30日
昼休みが終るまでの5分間でどこまで書けるか挑戦!

日本経済新聞のニュースサイトは、お金を払わないとごく一部しか読めないようになっているのはご存知のとおり。
ですのでBloombergのニュースをリンクします。

これだけでは詳細はわからないと思いますので軽く補足。
楽天がこれまで提供してきた「楽天市場」というインターネットモールを提供するというビジネスから、物流まで自社で抑えてしまうビジネスに舵を切った、ということのようです。

これを捉えて、「アマゾンへの挑戦状」などというふうに騒がれているようです。
現に、千葉県市川市に物流センターを設置したり、運送業者と提携したりという手法は、アマゾンと同様のようです。
楽天はさらに、トイレットペーパーなどの日用品を最安値で提供し、しかも即日配送可能とすることを目指すそうです。

これだけ聞くと、「おおスゴイ、それは便利だ!」と思ってしまいそうです。

さて、私が書きたかったのはそんなことではなく、アマゾンと楽天のコア・コンピタンスの違いです。
アマゾンは膨大な顧客情報とその顧客の趣味嗜好という強力なデータベースを持っているわけです。
それもあり、アマゾンで買い物をするのはとても楽しい。

一方の楽天はお店が乱立していて、ちょっとした買い物をするには少々見づらく、またノイズが多いのが個人的には気になっているところです。
(もちろん今後、各お店が前面に出てくるのか、楽天がそれらを見やすくまとめるのかという、サイト構築方法は検討されるのでしょう。)

つまり楽天はショップを取り込んで「場を提供し、集客すること」で勝負してきたのに対し、アマゾンは「顧客の情報をダイレクトに収集して、顧客の嗜好に合ったものをオススメする」という方法で勝負してきたのです。

ここをどう捉えるか、が勝負の分かれ目なのではないかと思ったのですが、時間がなくなったのでさようなら。




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「対局時計Pro」を買ってみた。

2010年04月29日
毎度お馴染み、「企業法務について」のkataさんが最近リリースしたiPhoneアプリ、

「対局時計 Pro」

早速ダウンロードしてみました。
350円也。

詳しくはkataさんのエントリーをご覧頂きたいのですが、AppStoreには、以下のような商品説明がありました。


対局時計 Proは、囲碁や将棋、チェスなどの二人で対戦するゲーム用の時計です。
対局時計 Proは、単純な切れ負けにとどまらず、以下の様な多彩なオプションに対応しています。
- 4つのディレイ設定
 - ディレイなし
 - フィッシャーディレイ
 - ブロンシュタインディレイ
 - シンプルなディレイ

- 3つの秒読み設定
 - 秒読み設定なし
 - 日本式の秒読み(●秒を●回)
 - カナダ式の秒読み(●秒以内に●手打つ)

また、対局時計 Proは5つのセーブスロットを備えていますので、よく使うセッティングをすぐに読み込むことも可能です。



将棋は人並み程度にはやってきましたが、囲碁とチェスはルールも知りません。
そのためか、「ブロンシュタインディレイ」とか「カナダ式の秒読み」などと言われても、何のことやらさっぱりわかりません。

1年ほど前にグロービスの堀義人さんのお話を聞いて、「子供と囲碁をしよう」と思い立ったものの、まだ実行に移していないことを思い出しました。

さて、そんな私が「対局時計Pro」をダウンロードしてどうするのか。
そんなことは何も考えていませんでした。

せいぜい、
・kataさんに恩を着せる
・kataさんにクレームをつける
・利用方法は後で考える
くらいの考えしかありませんでした。


さて、ダウンロードしてみて早速いじってみたのですが、やはり私には使い道があまりないようです。
ただ、画面の右の方をタップすると右のタイマーがカウントダウンを開始し、左の方をタップすると替わって左のタイマーがカウントダウンするという、すぐれた代物であることだけは理解できました。
理解はできたけど、「使い道はやはりないな」と思いながら昨夜は寝ました。



話は変わって今朝のこと、早く目を覚ました4歳の娘が「しりとりをしたい」と騒ぎ始めました。
仕方がないので布団の中でしりとりを始めました。
「コップ」という4歳児らしい言葉に「プエルトリコ」と返し、その後も
「こま」
「マダガスカル」
「るす」
「スワヒリ語」
「ごま」
「マッチでーす」
などと、4歳児を愚弄するようなしりとりを続けていました。

しりとりを始めて1時間ほど。
ふと気づきました。

「対局時計が使える!」

そうです。
しりとりも「対局」なのです。

しかも子供特有の「無間地獄」から解放されるのに、時間制限を設けることは非常に有益です。
そんなわけで、kataさんの「対局時計Pro」の以外な利用方法を発見した祝日の朝でした。
子供とのしりとりやオセロ、ジェンガなど、ほかにも使い道はありそうなので、皆さんもダウンロードして使ってみてはいかがでしょうか。

もちろん「夫婦喧嘩の持ち時間管理」にも使えます。
公平に30分ずつ相手を罵ることができます。


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ところで先日、twitterで以前から相互フォローしている方から、「もしかして@kataxさんの関係者の方ですか?」と聞かれました。
これは「暴力団関係者の方ですか?」と聞かれるのと nearly equal なので、僕としては否定したいところでした。
しかし、twitterやBlogをチェックすればすぐにつながりが発覚してしまうので観念して「はいそうです・・・」とゲロしました。
何をもって「関係者」というのかは別として、ですが。













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「利益思考」嶋田毅  ―これは事業戦略の入門書かつ応用の書だ

2010年04月23日
最近発売になった「グロービスMBA事業開発マネジメント」の売れ行きが好調なようです。
かくいう私も、既に買うには買っていて、「次に読む本」としてカバンの中に待機しています。

さて、そのグロービスMBAシリーズですが、非常にわかりやすい記述と、採り上げられているケースが私たちに馴染み深い日本企業が中心であることから、私もこれまでいくつか読んできました。

そしてこのグロービスMBAシリーズのプロデューサーとして、おそらくシリーズ全ての書籍に関わっていらっしゃると思われる嶋田毅先生の新著がこれ。


利益思考利益思考
(2010/03/18)
嶋田 毅

商品詳細を見る



「利益思考」というタイトルから、「利益を追求する時代は終わったよ」とか「利益ばかり求めるのはよくない」などという、ネガティブな反応をされる方もいらっしゃるかも知れません。
しかし本書が「利益思考」として提案しているものは、そんな考え方ではありません。
「はじめに」から著者の意図するところを引用したいと思います。


しかし利益というものは、決して卑しいものではありません。資本主義社会でビジネスをしている以上、さまざまなステークホルダー(顧客や従業員など企業に関与するさまざまな人々)を満足させながら、より多くの利益を出すことは当たり前の目的です。その大前提をなおざりにしてはいけません。
もちろん、「利益が最優先で、そのためには何をしてもいい」といっているわけではありません。利益にはグリーディ、つまり強欲さから来るものもありますが、これはあまりよくない。しかし、社会に対してフェアな方法でしっかり利益を出すことにまで卑屈になる必要は一切ないのです。



「当たり前の目的」という点はやや同意しかねるのですが(目的はもっと先にある気がする)、利益を出さなければ企業というのは何も為せない存在であることは確かでしょう。
この点については、最近の「社会起業」という考え方と矛盾するようなものでもなく、企業活動として利益を適正にあげながら社会に貢献する、或いは社会の問題を解決する、という点に関して、方向性を同じくするものだと思います。


さて、本書は以下のような章立てになっています。


第1章 利益の本質を理解する
第2章 より大きな利益を生むビジネスとは
第3章 利益思考でビジネスを発想する
第4章 利益思考で考えるビジネスモデル
第5章 利益思考で実際に利益を手にする



第1章、第2章が「基礎編」、それ以降が「応用編」という建て付けです。

「基礎編」では「基本となる2つの軸」ということで、「利益・コスト構造」という考え方と「事業評価マトリクス」という手法を学びます。
そして「応用編」のうち、第3章・第4章では、基礎編で学んだことを前提に、ビジネス発想法やビジネスモデルの実例を研究します。
そして最後の第5章では、もっと大きな話としてビジネスプランや現場のオペレーションの話、人をどのように動かすかというミクロ組織論的な話へと続いていきます。

上記の「事業評価マトリクス」というのは、「市場の魅力度」と「競争優位性」を縦軸と横軸に置いたマトリクスなのですが、このあたりの説明についても、わかりやすい言葉で、かつ身近な実例を交えて記述されているので、非常に取っ付きやすく仕上がっています。
とはいえ、ただ取っ付きやすいだけではなく、要点はきっちり抑えられているので、体系的な理解も促進されるように工夫されています。

「競争優位性」の話では、「飲料事業のKBFとKSF」(※注 KBF・・・Key buying factors / KSF・・・Key success factors)の話として、日立造船の「杜仲茶」や日本コカ・コーラの「爽健美茶」などのケースが採り上げられていて、個人的にはとても興味深いところでした。



ところで私は現在、あるビジネスモデルの構築に関わっているのですが、第3章の下記の言葉がまさにぴったり当てはまる状況にあり、「なるほど」と心強く感じました。


新規事業の創造というのにはたいていの場合、クリアしなければならないボトルネックがあると思います。
実際にボトルネックとしてよく出てくるのは、法律です。
(中略)
そこで「法律に反するから無理だ」とあきらめては、とても新規事業は興せません。利益にたどり着くためには、もう一粘りも二粘りもしなければならないのです。



法務とコンプライアンスがメインの業務である私がビジネスモデルの構築に関わるにあたって、やはり最も目が行くのが「法律上問題ないか」という点です。
しかし以前のエントリーでも書いたことがあるように記憶しているのですが、面白い新規事業というのは案外、法律上グレーな部分に埋もれていたりするものだと思うので、「ここをいかに乗り越えるか」ということが非常に重要なポイントになるのでしょう。
宅配会社の代引きや、コンビニの収納代行などは、その最たる例でしょう。


そんなわけで、この「利益思考」という本ですが、事業戦略に関する各種書籍の入門書としての役割を十分果たしているように思います。
しかしそれだけではなく、事業戦略に関する各種書籍の応用の書としての役割をも果たすことができる稀有な一冊に仕上がっていると感じた次第です。


最後に、個人のスキルアップという側面から捉えた「利益思考」の一文を引用したいと思います。


そうした競争時代には、ある程度の利益をコンスタントに出しつづけられる企業に人材もお金も集まります。昔のようにシェアや売上げがあるとか、従業員にとって居心地のいい会社だというだけでは勝ち残れない。それは、もはや動かしようのない事実です。
そうした状況の中で、当然企業において求められるのは利益を生み出すことのできる人材、つまり利益思考をもつ人材です。
(中略)
利益に対するセンスがないビジネスパーソンは、経営者から見ると、たんに無駄の多い作業をしている人でしかありません。自分で考えて動いてもらうより、いっそ兵隊になって上からの指示に従ってくれればいいと見なされてしまうのです。つまり利益思考がある人のもとで、唯々諾々と働かされてしまうのです。
そうならずに、会社内での自身のプレゼンスを高めるためには、利益思考というものが強烈に必要となってくるのです。



私たち企業法務パーソンが売上げに貢献することはなかなか難しいかも知れませんが、利益に貢献する姿勢は常に忘れずにいたいものです。




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「問題解決プロフェッショナル」が改訂されていますよ。

2010年04月22日
1年近く前のエントリーで紹介させて頂いた、下記の書籍が改訂されています。



新版 問題解決プロフェッショナル―思考と技術新版 問題解決プロフェッショナル―思考と技術
(2010/04/16)
齋藤 嘉則

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早速本屋で手にとって、「どこが変わったのかな?」とパラパラ読んでみました。
しかし、採り上げられているケースが新しいものに変わった程度で、本質的な部分に大きな変更はないようです。
逆に言えば、10年以上前に書かれた内容が全く陳腐化していないということの証左でもあるのでしょう。

ちなみに「新版の刊行によせて」(表題は正確に覚えてませんが、そんな感じの「はじめに」的な文章)には、著者の齋藤嘉則氏自ら、

「初版を読んだ方は新版をわざわざ買って読む必要はない」

というような趣旨のことを書いていらっしゃいました。
ですので私としてはお言葉に甘えて、新版を買わないことにしました。

とはいえ、このBlogの右端にはいつもこの本が表示されているので、その部分についてはヨイショっと新版に差し替えておきました。
初版を含めてまだ読んでいない方には、一読をオススメします。
法務担当者などの管理部門に属する方に限らず、およそアタマを使う仕事をされている方であれば、本書から得るものは非常に大きいはずです。



そういえば右端に表示されている本のうち、江頭先生の「株式会社法」と弥永先生の「リーガルマインド会社法」も、遅ればせながら改訂版に差し替えておきました。
弥永先生の本はそんなにボリュームのある本ではないのですが、「えっ!そんなことまで!」というようなことに言及されていたりして、何かとお役立ちな一冊です。

以上、業務連絡のようなエントリーでした。







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「スランプに負けない勉強法」千葉博弁護士  ―変わることを恐れないことの大切さ

2010年04月20日
千葉博弁護士のブログについては、過去に何度か紹介させて頂きました。

ご存知の方も多いかと思いますが、千葉先生は非常に多忙な弁護士でありながら、司法試験受験予備校の講師としても、「受験界で知らない人はいない」というほどの人気講師です。

過去にこのBlogに書いたことがあるのですが、私は幸いにして、前職で千葉先生と一緒に仕事をさせて頂く機会を得ました。
それからというもの、千葉先生は私の「憧れの人」でもあるのです。

話をさせて頂くとすぐに気付くことなのですが、千葉先生の頭の回転の早さは驚くべきものです。
私の拙い説明を(大量の資料を読んだりしながら)瞬時に理解し、私が話をしているうちに既に千葉先生の頭の中には資料の内容を踏まえた「仮説」ができあがっているのです。

またいつもにこやかで物腰も柔らかく、優しく相槌を打ちながら話を聞いてくれるのが常です。
とはいえ、油断をしていると鋭い質問や指摘が飛んでくるので、ただニコニコと話を聞いて下さるだけではないのですが(笑)

さて、前置きが長くなってしまいました。
そんな千葉先生なのですが、今回はじめて、「法律と関係のない本」を書かれたそうです。

先日お会いした際に頂戴したのですが、あまり商売っ気のない千葉先生ですので、宣伝じみたことを勝手にするのは憚られますが、とても面白い内容でしたので、感想など書かせて頂こうと思った次第です。


1番難しい試験に合格させるプロが書いた! スランプに負けない勉強法 (どんな目標も達成できる!自分をマネジメントする30の習慣)1番難しい試験に合格させるプロが書いた! スランプに負けない勉強法 (どんな目標も達成できる!自分をマネジメントする30の習慣)
(2010/04/20)
千葉博

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フォレスト出版さんらしく、少々ショッキングな言葉が帯に並んでいたり、表紙が派手だったりするのですが、それはご愛嬌ということで。

さて本書は、タイトルこそ「勉強法」となっていますが、その内容は単なる勉強法に留まらず、私たちビジネスパーソンにとっても、仕事(やそのための勉強)に活かせる千葉先生式の考え方が、余すことなく披露されています。

私はこれまで、千葉先生のBlogは司法試験受験生に向けて書かれているような印象を持っていました。
しかし本書を読んで、千葉先生がBlogで書いていらっしゃる「勉強法」というのは仕事や日常生活にも応用可能な、普遍的な「モノの考え方」なのだということに気付きました。


ところで千葉先生は本書において、「自分をマネジメントする30の習慣」の一つとして、

「変わることを恐れない」

ということをおっしゃっています。


おそらくは、この「変わることを恐れない」ということが、千葉先生の最も伝えたかったメッセージなのではないかと、私は思っています。
2年前のエントリーで私は、自分自身が変わったことについて書いたことがあります。
そしてこのBlogを書き始めた理由の一つが、この「変わること」によってどん底とも言える状況から這い上がってきた自分の経験が、誰かの励みになればいいな、というものでした。

千葉先生が過去に自律神経失調症という、私と同じ病気を経験されていたことは、Blogを拝見して初めて知ったのですが、本書ではその時のエピソードがより詳しく書かれています。


突然、何の前触れもなく、「どーん」と、床が崩れ落ちるような感覚に襲われました。そして、いいようもない焦燥感と、吐き気がこみ上げてきて、いたたまれないような気持ちになったのです。



特に吐き気の症状が強く、実際に吐いたことなどなかったのに、「吐いてしまうのではないか」と不安で、どんどん行動範囲が狭まっていきました。



これらの症状は笑ってしまうほど、というと失礼ですが、私が経験したものと全く同じものです。
私も自律神経失調症で苦しんだときは、「吐いてしまう不安」から、電車にもバスにも乗れませんでした。
そのような辛い時期がかなり長期間にわたって続きました。

それが今では、仕事も勉強も、そして家庭も全てが楽しい毎日に変わりました(もちろんキツイこともありますが)。
それは環境やまわりが変わったからではなく、「自分が変わったから」だと思っています。

そしてたいていの人は(少なくとも私は)、「自分が変わる」きっかけは、大きな壁にぶつかった経験にあるのではないかと思います。
もちろんそのような壁にぶつかることもなく、順風満帆な人生を送っていらっしゃる方もいることでしょうが、私は痛い思いをしないとわからないバカちんなのです。
きっと司法試験などの難関資格の受験生の方々も、合格までの道のりで、千葉先生がいうところの「スランプ」を経験して、「自分が変わる」経験をしていくのかな、と想像するわけです。

ここで壁にぶつかったときに、さらに「一歩前に出る」ことによって、仕事や受験やもっと大きな試練を乗り越えていくことができるのでしょうね。
もちろん自分自身が「敗北」を認めるまではそのような試練も、単なる「過程」でしかありません。
諦めない限り、「敗北」や「失敗」はないわけです。

今回千葉先生の本を読んで、そんなことをあらためて考えさせられました。
司法試験受験生に限らず、仕事や人間関係などで壁にぶつかっている方には、一読をオススメします。

ちなみに千葉先生も書いていらっしゃいますが、自分の体力や気力が落ちていく傾向や予兆を知っておき、できる限りその前に対処することが、継続的に高いパフォーマンスを発揮し続けるには必要なのだと思います。
私は大したパフォーマンスを発揮できるわけでもないのですが、このあたりは気をつけていて、疲れが溜まったときの対処法をいくつか準備しています。


最後に「あとがき」にある千葉先生の言葉を紹介したいと思います。
このことをわかっているかどうかが、「結果を出せる人」になれるかどうかの分水嶺になるという趣旨のようです。


いざというときに、自分を信じる力があるかどうか。
チャンスがあったら素直につかむ力があるかどうか。
絶望の淵に落ち込まない自分がつくれているか。
仮に陥っても挫折しない自分を持っているかどうか。
立ち直り方を知っている自分であるかどうか。



人生に上り坂と下り坂があることを知っている人は強いです。
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暴力団排除条項について考えてみた。(後半戦)

2010年04月16日
「暴力団排除条項について考えてみた。(前半戦)」から随分間があいてしまいました。

前半戦を書いてからこれまでの間にも、twitter上で@unza_unzaさんから、暴排条項についての記事が掲載されている「金融法務事情」のバックナンバー情報を頂いたりしていました。
(今、金融法務事情のHPを見に行ったら、最新号である1895号の特集が「法務人材育成プロジェクト」という興味深いテーマであることに気づいた。これは注文しなければ・・・)

そんなわけでそろそろ、「暴力団排除条項について考えてみた。(後半戦)」を書いてみようと思ったわけです。


以下、本題。


前回のエントリーでは「金融法務事情」1885号に、暴排条項を理解するのに役立つ割と一般的な話が載っていますよ、ということと、「NBL」の921号から923号まで「暴力団排除条項」についての特集がされていますよ、ということをご紹介していました。
そして「NBL」の921号の「総論」と、922号の「継続的契約」の部分までが、どのような業種にも一般的に妥当する話なので、この部分までについて思うところを書いてみますよ、と宣言していました。

さて前回のエントリーで私は、


「暴排条項」というと、「属性要件」「行為要件」の二つで定められるのが常識となっていますが、「属性要件」に該当することを理由に契約を解除することは、以下の理由で、なかなか難しいのが現実だと思います。


と書いています。

上記引用中、「以下の理由」という言葉が指しているものは一言でまとめると、「あなたは反社会的勢力ですよね、ということを立証することは難しい」ということです。

そうすると「行為要件」、つまり例えば「脅された」などということを理由に契約を解除できるようにしておくしか手段はないのか、ということになってしまいそうです。
しかしそれではあまりに芸がない。
さらに言えば、現在の企業(特に上場企業)に求められているのは、「反社会的勢力との関係を一切もたないこと」であって、「関係を持っても脅されたりするまで放置しておく」という対応は「甘い」と評価されることになるのではないかと思います。
この点については、やはり@unza_unzaさんが、「これどう思う?」と紹介して下さった株式会社鶴見製作所の「不適切な取引の解消について」「不適切な取引に関する結果報告について」という、非常に悩ましいケースも出てきているのですが、これについては別の機会に書いてみたいと思います。

さて、話をNBLに戻します。
NBL922号の「継続的契約」の部分については概ね、以下のような趣旨のことが書かれています。

・取引開始前に反社であることが判明した場合→「総合的判断の結果」「取引条件の不合致」などを理由に取引をしない。ただし契約締結上の過失に注意。

これはまあそうなんだろうな、というところですね。
取引開始前の審査段階できっちりチェックしなさい、さらに言えば取引開始前のできるだけ早い段階で審査をしなさい、という話かと思います。

・取引開始後に反社であることが判明した場合→単に反社との関係があるからといって、継続的契約を解除することが可能かはやや疑問。

これがやはり悩ましいところですね。
結果的にこの論稿では、以下のように述べられています。


このような任意の解消が困難な場合の対応については、継続的契約が成立した場合における契約解消の制約からすれば、十分な予告期間を設けて解約や更新拒絶を行うのが無難といえる。



そしてそのために、「暴排条項をきっちり盛り込んでおきましょう」という結論につながっています。
ちなみに継続的契約の解除事由として、「信頼関係の破壊」の考え方が反社との継続的取引解消にも採り入れられていることが述べられています。

さて、ここからが肝心要の話です。
では、どのような暴排条項が有効的なのかというお話です。

しかし時間がなくなったので、次回、延長戦に突入したいと思います。








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防犯ブザーのおそるべき生命力

2010年04月13日
法務系じゃないネタばかりですみません。
法務実務で(他人からみれば)とても面白い話もあるのですが、ちょっとココには書けないことが多いもので、あえて仕事から少し離れたことを書いたりしています。

さて、突然ですが皆さんは「防犯ブザー」をご存知でしょうか。

防犯ブザー100dBエッグABA-505ホワイト防犯ブザー100dBエッグABA-505ホワイト
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Unknown

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こんなヤツですね。

先日小学校に入学した長男が、小学校から「防犯ブザー」をもらってきました。
これをランドセルにぶらさげておいて、不審者が声を掛けてきたらヒモを強く引きます。
そうするとピンが外れて大音量のブザーが鳴るという仕組みになっています。

さて、「防犯ブザー」をもらってきた日、僕は物珍しさと本当に鳴るのかを試すため、ヒモを引っ張ってピンを外してみました。

ブーーーーー

っと大音量が鳴り響きました。
わが家はセコムをしているのですが、セコムをセットしているのを忘れてうっかり窓を開けてしまった時になるブザーよりも数段強力な音です。

「よしよし、ちゃんと鳴るな」と確認した僕はピンを戻しました。
そうするとブザーは鳴り止みます。


昨夜のことです。
誰も何も触っていないのに、ランドセルにぶらさげておいた「防犯ブザー」が鳴り響きました。
嫁さんはびっくりして、「何とか止めてくれ」と僕のところにランドセルを持ってきました。
いろいろいじくっても止まらないので、ピンを一回外してもう一度挿しました。
そうするとブザーは鳴り止みました。

それから30分後。
また突然ブザーが鳴り出しました。
今度はピンを抜いても挿しても大音量が止まりません。
夜のことでもあったので、このままでは近所の人が警察を呼びかねません。

「これは破壊するしかない」

そう考えた僕は、普通に壊しても面白くないので、コップに水をいれてその中にポチャンと、「防犯ブザー」を入れてみました。

しかし恐るべき生命力。
防犯ブザーは、水の中にあるので若干音は小さく聞こえるものの、しつこく鳴り続けています。

「次の策を考えねば」

そう考えた僕は、わが家のノートPCのキーボードに重症を負わせたことのある「ハチミツ」をかけてみようかと考えました。
しかしそれではこの「防犯ブザー」を破壊するには足りないように思い、煮沸することにしてみました。

早速ナベに水を入れてグツグツとお湯を沸かします。
そして「防犯ブザー」をポチャンと投入。
(図表1参照)

(図表1)
niru

茹でることおよそ20分。
「防犯ブザー」は相変わらず、ブーーーーと鳴っています。
正確にはグツグツの音と混ざって、ブ、ブ、ブー、ブー、ブ、ブーと小刻みに震えた音を発しているのですが、いずれにしても音は鳴り止みません。

「いったん冷やそう」

そう考えた僕は、とりあえず火を止め、冷水にさらしてみました。ゆでたまごを作る時と同じ要領です。
(図表2参照)


(図表2)
hiyasu


「これは相当手ごわいな」

僕はようやく敵(「防犯ブザー」)の真の力を知りました。
そして「次は急速に冷やすしか手はない」と考え、コップに「防犯ブザー」を入れ、それを冷凍庫に入れました。
冷凍庫からはかすかに、ブーという音が聞こえてきます。

そして昨夜はそのまま寝ることにしました。

日が明けて今朝、冷凍庫から「防犯ブザー」の入ったコップを取り出しました。(図表3参照)

(図表3)
kooru

予想通りカチンコチンです。
音も鳴っていません。

本当はここで電子レンジを使って解凍してみたかったのですが、火事になっても困るので、お湯をかけて解凍してみました。
永久氷壁から出てきたマンモスの死体のように、徐々に「防犯ブザー」がその姿を露にします。

そうしたところ、おそるべき事態が!

ジ・ジ・ジ・ジ・・・

と、弱ったセミの泣き声のように、音が鳴り始めたのです。
そしてその音は徐々に大きくなり、5分後には昨夜の大音量と同等の音になったのです。

ここまでくると、怪談映画か何かのようです。
「呪いの防犯ブザー」とでも言うべき事態です。

僕は蘇った「防犯ブザー」を再び冷凍庫に放り込みました。
それでも冷凍庫の中から、相変わらずかすかにブーーーという音が聞こえていました。

しかし、さすがの「防犯ブザー」も30分が経過したあたりで、ようやく息絶えました。
そしてわが家に静寂が戻ってきました。

今晩再びゾンビのように蘇らないことを祈るのみです。
(あえて「分解」という抜本的な解決を図らない物好きな私)






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どうして学校に行くのか?

2010年04月13日
疲れがひどくたまっていて休養が必要だと感じていたので、今日は仕事を休んでいます。

いつもどおり「武者小路実篤記念館」に行ったあと、スーパー銭湯でマッサージを受けてこようかと思っています。


ところで今朝は長男が、「学校に行きたくない!」と大騒ぎをしていました。
先週から小学校に通っているのですが、とにかく体を動かしていたい6歳児にとって、机にじっと座って黙っているのは「苦行」のようなもののようです。

「行きたくなーい!」と大声で泣きわめくので、いろいろと話をしたり厳しく言ってみたりしたのですが、なかなか泣き止みません。
僕と子供たちとの間の約束事で、「泣かずに言葉で伝える」というものがあるので、この点に関しては厳しく言います。
「ちゃんと座れ。お父さんの目を見ろ。言葉で言え。」
これは最低限のルールですので、長男も必ず従います。

そして長男の話を聞いてみると、「机にじっと座っているのがイヤで、友達と遊んでいたい」というのが、学校に行きたくない理由とのことです。
学校のあとの学童保育は「行きたい」そうです。


僕達の世代やもっと上の世代の方たちは、「学校には行くもんだ。つべこべ言わずに行け!」というような教育(これを教育と呼ぶかはやや疑問もありますが)を受けてきたのではないかと思います。
僕自身、幼稚園に行きたくなくて体温計をストーブに当てて、うっかり溶かしてしまったり、小学校に行きたくなくて途中の「あかつちやま」と呼んでいた丘に秘密基地を作って遊んでいたりしていましたが、「学校には行くもんだ」というよう感覚はあったように思います。

そしてそのようなある程度「理不尽」な、理由にならない理由に従わなければならないことを知る必要もいずれはあるのかも知れません。

ただ僕としてはやはり、「学校に行く理由」というものをもう少しきちんと伝えたいと思いました。
でも僕にだって「学校に行く理由」なんて、はっきりとはわかりません。
「教育を受けさせる義務」などという無粋な理屈は、ここでは関係ありません。

国語・算数・理科・社会を勉強するため?
他者とのコミュニケーションを学ぶため?
社会の秩序を知るため?

エジソンなど「天才」と呼ばれたような人たちの中には、学校教育をほとんど受けていない人もいます。(もちろん長男が「天才」だとは思っていませんし、むしろ「天才」などでないほうが幸せだとさえ思っています)
福沢諭吉も「福翁自伝」の中で、15~16歳までは「読み・書き」さえさせる必要がないと言っていたように記憶しています。


ところで、「教育は親がするもの」というのが僕の基本的な考えです。
そして親が教えることができないことを、他人から教わるものだと考えています。
なぜなら「教育」というものは、どれだけ本人のことを真剣に考えてあげられるかが、最も大切な部分だと考えるからです。
できる限り「オーダーメイド」であるべきだと思うのです。

長男が生まれてから保育園を卒園するまでの6年10ヶ月、僕は精一杯、長男のことをじっくりと観察し、そして長男のことを考えて教育をしてきたつもりです。
時に「甘い」と言われることもありましたし、付き合い過ぎて僕が疲れてグッタリすることもありました。

しかし「健康であること・自主性を重んじること・考えること」という教育方針のもと、どんな分野でもどんなところでも構わないので、「リーダー」になれるようにという教育をしてきました。
そして今のところ保育園でも学童保育でも「リーダー的存在」と、先生から伝え聞くことが多いので、僕の方針が間違っていなかったと思っています。
そもそも僕の親世代は、父親が育児に参加することがなかった、少なくとも僕は父親とゆっくり話をしたこともなかったので、「ロールモデル」というものもなく、僕は手探りで子育てをしているわけです。

「もし自分の教育が間違っていて、長男がどうしようもない大人になったら、自分が面倒をみる。他人は面倒をみてくれない。だから教育に責任を持つのは自分なんだ」

これまで僕は、そんなことを妻に何度となく話してきました。


そのような考えから、今朝は長男としばらく話をしました。
そして僕なりに「学校に行く理由」を伝えました。
しばらく考えていた長男でしたが、最後は「学校に行くこと」を自分で決めました。
学校にはすっかり遅れてしまいましたが、きっと長男にとって、そして僕にとっても必要な時間だったのだと思います。

ただ小学校に入学する前に、もっとしっかり話をしておくべきだったと、少し反省しています。
そしてこれからはもっと難しい問題が出てくるのだろうなぁ、と子育ての大変さと面白さを想像しています。
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桜の花の咲くころ

2010年04月07日
今日は長男の小学校入学式でした。

小学校の教室に長男が座っている姿を見ると、「大きくなったもんだなぁ・・・」とつくづく感じます。
とはいえ、午後から仕事だったので、あまり感慨にふける暇もなかったのですが。

入学式のあと、教室で配布物のヤマをもらいましたが、小学校・市区町村・PTAなどから、NBL4冊分くらいはありそうな書類の束を受け取りました。
それだけでも面食らってしまったのですが、そのうちのいくつかは「明日までに記入のうえ提出してください」などという、無茶な要求が交じっています。

体調を崩している嫁さんに代わって、僕がせっせと教科書などに名前を書き、体操服にゼッケンを付けたりして、さきほどようやく明日の通学準備が終わりました。
「明日までに提出」という書類も一通り書き終わりました。
そんなわけで夜更かししてます。


ところで話は全く変わるのですが、この間の土曜日は花見に行きました。
「hiroさんは花見に行かないのですか?」
という、お約束のような質問を受けるたびに、「行きません。桜はそんなに好きではありません」などという身もふたもない回答をしたりしていたのですが、まぁ何のことはない、花見に行かなくても家の前が桜なわけです。

park

これはわが家のベランダからの景色です。
家の前が公園なので、桜やら松やら池やらが見えるのです。
ダイニングテーブルに座ると、このような風景が目の前に広がるわけです。贅沢ですねえ。

でもまあ、せっかく天気も良かったことですし、買ったばかりの長女の自転車の練習も兼ねて、近くの土手まで行ってきました。

sakura

見るからに気持ちの良い休日です。
「桜はそんなに好きではない」と言っている僕でも、「キレイやなあ・・・」とやはり気持ちが和みます。

長男と長女は川に石を投げ込むことに必死で、そのうち川が干上がるのではないかと心配になるほど、石を大量に投げていました。

tamagawa

僕は土手に座って本など読みつつ、出店で買ったフランクフルトを食べて過ごしました。
いつもであれば子供と一緒に石を投げるところですが、この日は「お父さんは今日はゆっくりするのだ!」と宣言して、30分ばかりゆったりとした時間を過ごしました。

僕は地方都市出身だからか、街と緑の両方が身近にないと落ち着かない性質なのですが、今住んでいるところはまさにその条件にぴったりで、とても気に入っています。


そうそう、僕が桜の花をそんなに好きではない理由を聞かれて、「何だか切なくなるから」と答えたら「らしくない」といつもバカ受けされます。
梶井基次郎の「桜の木の下には屍体が埋まっている」というような、イマジネーション豊かな理由ではないのですが、あの色と散り方は何だかやはり切ないですよね?

僕は、夏の青々と茂った木々が大好きなのです。

ところで休み明けの川べりの朝は、「桜の木の根元にはゴミが積まれている」状況です。
皆さん、ゴミはきっちり持ち帰りましょう。



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「モチベーション3.0」 週刊東洋経済の特集から(補足)

2010年04月06日
「先日のエントリー」で、週刊東洋経済の記事を取り上げました。

ダニエル・ピンクの「Drive」という新著の特集だったのですが、そこで僕は以下のようなことを書きました。

東洋経済の記事を読めば「モチベーション3.0」というコンセプトの概要はわかるのですが、取り上げられている日本企業の例が今ひとつな感じで、ここは是非原書を読んでみたいものです。



「取り上げられている日本企業の例が今ひとつ」と書いたのですが、これは誤解を生みそうですし、僕の思ったことを正確に表現できていないので、少し補足したいと思います。

正確に言えば特集のはじめのほう、「ソウ・エクスペリエンス社」などのベンチャー企業や中小企業の例は非常に興味深かったのです。
ただその後に続く、大企業の例は、いろいろとモチベーションアップへの取り組みをしていることはわかるのですが、果たしてその取り組みが功を奏しているのか、いささか疑問に思ったわけです。
もちろんそれらの取り組みが何らかの効果を上げている可能性を否定するつもりはありませんが、あたかもモチベーションアップへの取り組みが売上増やシェアの拡大に直結したかのような書きっぷりに違和感を覚えました。
このあたりはもう少しクリティカルに考える必要があると思うわけです。

ところで、今回の特集で私が最も感心したのは、元ラグビー日本代表監督・神戸製鋼の平尾誠二さんの考え方です。
失礼な話ですが、平尾誠二さんがこんなに知的な方だとは存じ上げませんでした。
インタビューを拝見すると、一つ一つの言葉に経験に裏打ちされた哲学とでも言うべきものが感じられます。
例えばこんな言葉。


(インタビュアー)何度同じことを言っても伝わらないことがあります。
それは相手の受信機のスイッチがオンになっていないからだ。聞く気がない相手に言葉は届かない。プレゼンテーション術とか説得力とか、すぐ発信機の話をしたがるけれども、聞く側の受信機をチューニングして精度を高めるほうが大切だ。




指示はなるべく一つにする。「ボールは最短距離で真っすぐ取れ」と指示したら、どこを見ろとか、スピードがどうとかは言わない。とにかく一つのことに集中させる。それができたら次の指示を出す。




「勉強は嫌いだけど、いい成績をとったら大好きなおかあちゃんが喜んでくれる」。僕はこれでいいと思う。



最後に引用した「おかあちゃんを喜ばすための勉強」については賛否両論あると思います。
僕はむしろ反対派ですが、人の心の真実を突いている至言だとは思います。

特集の「モチベーション3.0」とは少し違う話になっているような気もしますが、それはよしとして、平尾誠二さんの言葉に感銘を受けた私でした。
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「モチベーション3.0」 週刊東洋経済の特集から

2010年04月02日
何かを読んだときに、「よし、これについて思うところを書いてみよう」と思うことはしばしばあります。
しかしいつも私よりも数段早く、しかも私が書こうと思っていたことよりも数十段は上をいく意見を書いてしまう「企業法務マンサバイバル」のtacさん。

おかげで私はそのテーマについて書く気持ちが萎えてしまうこともしばしば・・・

でも今日は敢えて、同じテーマに違う切り口から挑んでみようと思います。

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(2010/03/23)
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先日発売の週刊東洋経済において、ダニエル・ピンクの新著「Drive」で彼が提唱する「モチベーション3.0」というコンセプトが紹介されています。

「モチベーション3.0」というコンセプトの説明は、tacさんのBlogに非常にわかりやすくまとまっているので、引用させて頂きます。


モチベーション1.0が動物としての生存本能に基づく欲求、2.0が与えられた目標を達成することで金銭や名誉を獲得することを目指す欲求なのに対し、モチベーション3.0は、成長・知的興奮を求める自発的な欲求のこと。

そして、そのモチベーション3.0を支える重要な要素が
1)自主・自立
2)熟達・専門性
3)理念・目的
の3つであり、これまでのカネに基づく成果主義(=モチベーション2.0)では創造性を破壊するばかりで、これからより求められるイノベーションを生む原動力とはならないよ、というのがダニエル・ピンクの主張。



東洋経済の記事を読めば「モチベーション3.0」というコンセプトの概要はわかるのですが、取り上げられている日本企業の例が今ひとつな感じで、ここは是非原書を読んでみたいものです。
6月には翻訳版が出版されるとのことですが、英語の勉強を兼ねて原書を買ってみようかと考えています。

少なくとも、東洋経済の記事を読んだ限りにおいては、「モチベーション3.0」という言葉は目新しいものの、同様のコンセプトは、組織論などの分野で既に語られてきていることのように思いました。
しかしダニエル・ピンクが、ありきたりの組織論を本にまとめるとも思えないので、もう少し詳しく「モチベーション3.0」なるものについて知りたいと思っています。


ところで以前の職場で、それまで特に親しく話をしてきたわけでもないのですが、他部署の女性が「実は近日中に退職することになりました。hiroさんには色々とお世話になったので、早く報告したくて・・・」と話しかけてきたことがありました。
この女性は、僕の見る限り非常に優秀で、「会社の期待の星」と個人的に思っていただけに非常に残念に思ったことを覚えています。
退職する理由を聞いたところ、まさに「モチベーション3.0」と呼ばれるようなものが保てないことに原因があるようでした。

思い起こせばそれ以前にも同様に、他部署の方が「hiroさんだけが理解者でした」と、退職時に話しかけてきたこともありました。
この方もやはり退職理由は同様で、「給料は下がるけど、とある機関で海外への協力支援活動をする予定」とのことでした。

二人とも金銭面の不満というものは特になかったようですが、そこに働くことへの強い意義を見出してはいなかったようです。

そもそも「モチベーション」というものは、ダニエル・ピンクのいうように、「自発的な欲求」であるはずで、自発的でないものは、所詮「カンフル剤」か「アメとムチ」程度のものにしか成り得ないのではないかと思います。
そして、tacさんのおっしゃるように、自発的でないモチベーション維持というものは、日本的というかどうかは別として、少なくとも終身雇用の時代でしか通用しない手法ではないかと考えたりしています。
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長男の卒園

2010年04月01日
昨日は、長男が保育園に登園する最後の日でした。
卒園式は10日ほど前に終わっていたのですが、保育園というものの性質上、3月末まではきちんと預かってくれるのですね。

長女があと2年間同じ保育園にお世話になるので、保育園とお別れしてしまうわけではないのですが、やはり感慨深いものがあります。
長男を保育園に送るのも今日が最後、保育園で遊ぶ長男を見るのも今日が最後、そう思うと目頭が熱くなりました。

この6年間、出勤時刻が早い会社に勤めていた時期を除き、僕は毎朝保育園に長男を預けてから仕事に向かっていました。
長男が0歳から1歳の頃には、おむつを替えてから預ける必要がありましたし、長男も泣きながら預けられていました。
それがすっかり今ではお兄さんになったものです。

長男のクラスはわんぱくな男の子が多く、保育園に行くとそんな子たちが僕のところに飛び掛ってくるのが、僕にとってはとても楽しいひと時でした。
まだ年少の長女は、そんなわんぱくなお兄さんたちに守られていて、長女が同じ年少の男の子に叩かれたりすると、長男のクラスの男の子たちが復讐に行く、という図式ができあがっていたようです(笑)

そんな長男ですが、今年のバレンタインデーでは2つのチョコレートと1枚のラブレターをもらってきました。
僕が初めてバレンタインチョコをもらったのはいつだったかなぁ?と考えましたが思い出せません。

さてその最後の登園日、長男は0歳児のころから6年間一緒に過ごしてきた女の子からラブレターをもらいました。
「出会いはおむつ替え台の上でした」とでもいいましょうか。
そのラブレターにちょっとジーンときたので、ここに転載してしまいます。
もちろん著作権者の承諾は得ていません(笑)


かんたくんへ
●●(女の子の名前)わかんたくんのことが
だいすきだからかんたくん
とおなじしょうがっこうがよ
かた
●●より




昨夜布団の中で長男に、
「保育園の女の子で誰が好き?」
と尋ねたところ、
「●●ちゃん(手紙をくれた子)」と答えました。
「じゃあ、違う小学校に行くから寂しいね」と僕。
長男は僕のことを「とっと」と呼ぶのですが、
「さっきとっとが歯磨きしてるのを布団の中で待ってるとき、涙がポロンって出ちゃった」
と言っていました。


春は出会いと別れの季節なんだなぁ・・・

とつくづく思った夜でした。
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