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ブランド志向と権威志向

2009年10月13日
いつも通り、本を読みながら昼食を摂っていたのですが、ふと以前から薄々と感じていたことに、また思いが飛んでいました。

それは、

ブランド好きな人は権威主義者なのか

ということです。
これまでの僕の考え(というほどのものではないのですが)は、

ブランド志向≒権威志向

という図式で表せたのですが、これはあくまで「ブランド」を、ヨーロッパの高級ブランドなどに限定して解釈した場合にのみ成り立つものではないかと思います。

しかし例えば僕だって、同じコーラを飲むにしても、「コカ・コーラ」と表示されているものと、ノンブランドのコーラが同じ値段で売っていれば、よほどの事情がない限り「コカ・コーラ」を手に取るでしょう。
これは明らかにブランド力の違いであり、僕はブランドに左右されているということになります。
そしてこのようなブランドの力があればこそ、世の中の会社は、ロゴ開発・ネーミング・商標権の取得などといったことにお金をかけるわけです。
つまりブランドを構築することは、マーケティング上の話だけでなく、人間が本来持っている「依存性」を引き出すという意味において、まっとうな行動なわけです。


そうすると少なくとも僕は、(程度は別として)ある程度のブランド志向を持っているということになるかと思います。
では、僕は権威志向か?

これは自分が権威である場合と、自分が権威を示される場合とによって結論が変わってくるのかなあ、と思います。

昔から僕は権威を誇示されることが大嫌いで、「先生」「大企業」「警察」など、権威の象徴ともいえるようなものに、強い抵抗を感じていました。もちろんそれらの全てが権威志向ではないということは知っていましたが、学校の先生に「もう少し上のレベルの大学も受けてみたら?」と言われると「どうしてですか?僕はこっちの学校に行きたいんです」と言っていたし、「大企業も受けてみたら?」と言う親に対しても、「企業規模は関係なく考えたい」と答えていました。
つまり盲目的に権威に従うことが、とても「イヤ」だったのです。

しかし逆に自分が権威になることはどうか。
これはまだ想像がつきませんが、権威を誇示したり、「○○についての権威」と言われたりすることは望まないように思います。

だけどブランドは必要だと思っています。
特にこれからの時代、会社や出身大学といった古い権威ではなく、自分自身がブランドになり得るか、ということが、仕事で成功するかどうかの分岐点になるかも知れません。

そうすると僕は決してブランドが嫌いというのではなく、ブランドを持つ人や会社などが放つ、嫌味なほどの自己顕示と、それらに盲目的に従う群衆、という図式に嫌悪感を持っていたのかな、と思い至りました。

考えがまだまだ浅い気もしますが、昼休みが終わりそうなので、このへんで。






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