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「彼」のこと

2009年11月22日
「彼」とはまだ会ったことはない。

Web上で知り合い、PCのモニターに写し出される文字を通してしか、僕は「彼」のことを知らない。
でも僕は「彼」の文章を読んで、「彼」の優しさやユーモアや聡明さというものを知っている。
そしてきっと、「彼」と僕とはとても気が合うと信じている。
会ったことはまだないけれど、生涯の親友になれるんじゃないかと勝手に思っている。


ところで「彼」の父親が重い病気であることは、以前、「彼」の文章を読んで知っていた。
その時に、「彼」の父親に対する思いに触れて、とても感動したことを覚えている。


ここしばらく、「彼」の文章がWeb上に現れることがなかった。
「もしかして・・・」と思うこともあったが、「彼」を知る人に聞いたところ、「彼」はとても忙しい身だという話だったので、それで納得していた。


今日の夜、Web上に久しぶりに彼が帰ってきていることに気付いた。
そして「彼」の父親が亡くなったということを知った。

「彼」はきっと、よく知りもしない人になぐさめの言葉を掛けられることを望んではいないと思う。
僕が「彼」の立場だとしても、やはりそれは同じだろう。

だから僕は、このことに触れることをとても迷った。
でも、僕は少しでも「彼」の力になりたいと思っている。
もしかすると、触れないことが「彼」の望むことかも知れない。
ただ、親しい友人の身内に何かあったとき、何の役に立てなくても、せめて自分の気持ちを伝えることくらいはしたい。
そう思って、今、この文章を書いている。



僕は幼い頃、母親に暴力を振るう父親を憎んでいた。僕の兄は、違う理由もあって僕以上に父親を憎んでいた。
その頃の僕にとっては、母親が全てであり、母親を守ることが僕の役目だと思っていた。

18歳になって僕が東京に出てきた時、3人の兄弟全員が地元を離れてしまったことから、母親は精神的に不安定になってしまい、そのせいか今でも薬を飲まないと眠れないようになってしまった。
しかし大学生時代の僕は、母親から電話がかかってくるのが疎ましく、いつも面倒くさそうに電話を切っていた。就職の時にも母親からの助言に一切耳を貸すことはなかった。

そして僕が社会人になって2年目の頃だったと思う。
父親から電話があり、母親が入院して大きな手術を受けていた、ということを聞いた。
母親は、子供に心配をかけたくないから一切連絡をしないように、と父親に言っていたそうだが、父親もさすがに心細くなったのか、手術後ではあったが、僕たち兄弟に電話をしてきた。
僕はすぐに実家に飛んで帰った。
疎ましく思ったりする時期もあったが、それでもやはり僕にとって最も大事な存在は母親だった。
何度か道を踏み外しそうになった時にもなんとか道を外れずにやってこれたのは、母親が注いでくれた愛情を裏切ることだけはできないという思いがあったからだ。

入院している母親の見舞いに行った後、父親と(たぶん初めて)二人で酒を飲んだ。
ほとんど何も話さなかったように思う。黙々と刺身をつつきながら酒を飲んだ。

その頃から僕は、大事な人といつ別れの日が来ても後悔しないように、自分の気持ちをできるだけ相手に伝え、自分ができる限りのことをするようになった。
正確に言うと、幼い頃からそういう気持ちはあったのだが、よりその気持ちが強くなった。
両親を初めての海外旅行に連れて行ったのも、そんな気持ちからだ。

今、僕は毎朝、保育園に子供たちを送るとき、抱きしめてキスをしてから別れる。よその親から見たら少し奇妙に思えるかも知れない。長男は周りの目を気にする年頃になってきているので、友達の手前、少し恥ずかしそうだ。
妻と駅で別れるときも、妻が見えなくなるまで見送っている。照れくさいので少ししか手は振らない。
歳をとってすっかり好々爺然としている父親や、相変わらず子供や孫に愛情を注ぎ続ける母親には、忙しくてもこまめに電話をし、できるだけ多くの話をするようにしている。

でも僕はわかっている。
たとえ大事な人に対してきちんと愛情を伝え、自分が今できる限りのことをしていたとしても、いざ別れの日がきたときには、「もっと何かできたはず」「こういうことをしてあげたかった」と、自分のできなかったことを見つけては悔やむものだろうと。



人は、自分が幼い頃自分を育んでくれた家族から離れ、いずれ新しい家族を持つ。
運がよければ最愛の子供を授かることもあるだろう。それは本当に幸いなことだ。
そして少しずつ、幼い頃の家族から新しい家族へと、より大きな愛情を注ぐようになる。
それはきっと別れの準備でもあるのだと思う。
親や兄弟という、何にも代えがたい大切なものを失ったとき、新しい家族に囲まれていれば何とかやっていけるだろうと、僕は想像する。



「彼」には奥様とお子様がいると聞いている。
きっと家族に支えられながら日常に戻り、また、優しくてユーモラスで聡明な文章を書き始めてくれるだろう。

僕はいずれ近いうちに「彼」と直接会って、他愛もない冗談を言い合ったりしたいと思っている。










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