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「阿修羅の心」とは何か。

2010年01月16日
忙しさにかまけて、更新が滞っていました。
仕事もまあ忙しいのですが、この1週間は飲み会やら会食やらで、ひとさまのブログもチェックできていない有様です。

今日、というか厳密には昨日は、久しぶりに勤務先の社長と飲みに行きました。
だいたい2~3ヶ月に一回くらいのペースでお誘いを受けるのですが、近日中にちょっとしたイベントがあることが決まっているので、いつもより有意義な仕事の話を聞くことができました。

私は以前から、全社戦略の基本となるべき「企業理念」や「ビジョン」といったものの重要性についてよく話をさせてもらっていました。
ただそうは言っても、私のような若造のズブの素人が戦略だ何だと言っても、経験に裏打ちされた「勘」ともいうべき商売の嗅覚も当然重要なわけで、机上の空論を振りかざす気は毛頭ありません。

私自身、もとは営業をやっていた時期もあるので、「気合と根性ではダメ」とは一概には言えないと感じています。
もちろんそれだけではダメなのは明白なのですが、精神論も仕事(特に営業)には必要な場面や状況が多々あることは確かでしょう。
いやむしろ、「思い」がないと何も成せないですね。営業に限らず。
戦略はそういった「思い」があってはじめて行動につながるわけでしょうし。

何が言いたいのかよくわからなくなってきましたが(何せ飲んだ後の朝4時ですから・・・)、今日社長に言われたことをメモしておきたいと思ったわけですね。

「生きたコンプライアンス」「人を活かすコンプライアンス」にしてね。



杓子定規にならないように、人を枠にはめることが目的にならないように、ということなんだろうな、というところでしょうか。
そもそも私はここだけの話ですが、「コンプライアンス」という言葉の一般的な使われ方があまり好きではなかったりするので、これは納得のいくところですし、私もそのつもりで臨みます。
とは言え、立場上言うことはきっちり言いますけどね。


一度目は優しく。二度目は厳しく。三度目は残酷に。



部下が悪さや同じ失敗を繰り返したときの対処についての話でした。

先日ご紹介した、城山三郎の「静かに健やかに遠くまで」の中に、

仏心では経営はできない。阿修羅の心にならなくては。


という言葉があって、その意味を考えていたのですが、何だかちょっとつながった気がします。


ある超大企業の「法務・コンプライアンス部長」なる方に社長が会った際、「今日の私は法務・コンプライアンス部長じゃなくて、法務部長ですから」という名言を吐かれたと言っていました。
このあたりのニュアンスも、わかる方にはわかって頂けるのではないかと思いますが、まあ、ある程度いろいろとありますよね。


何だか途轍もなくまとまりのない文章になってしまいましたが、明日も早いので寝ます。
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