スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーを含むはてなブックマーク

「会社法制見直しの基本問題」落合誠一 ―旬刊商事法務1897号より

2010年05月19日
いつもBlogのネタになることを「お告げ」のようにくださる@unza_unzaさん

昨日も、以前から感想を書こうと思いつつ完全に忘れていた、「商事法務」1897号の落合誠一先生の論稿のことを「書き給へ」とばかりにお告げくださいました(笑)



さて、民主党が「公開会社法」なるものの制定を言い出して以来、「そもそも会社法と金融商品取引法の関係はどうなっているのだ」、「そのうえに公開会社法まで作ってどうなるのだ」、「もうわけがわからんではないか」、などという様々な反応があちらこちらで起きています。
それを受けるように、商事法務ビジネス法務などでは、これら会社法制全体に関する議論や論稿が数多く掲載されています。

個人的には「ビジネス法務」1月号・2月号の「会社法と金商法の交錯」という座談会における稲葉威雄弁護士の発言や、商事法務1897号の落合誠一先生の「会社法制見直しの基本問題」という論稿が、非常に正鵠を得ているのではないか、と感じています。

そこで今日は、落合先生の「会社法制見直しの基本問題」について、思うところなどを書いてみたいと思います。



全体の構成としては、

一 はじめに
二 コーポレート・ガバナンス法制
三 グループ会社法制
四 むすび

ということで、最初に現在の「会社法制見直しに関する議論」を俯瞰し、「コーポレート・ガバナンス法制」「グループ会社法制」に的を絞った論述をされています。

この「一 はじめに」の2ページ強を読むだけでも、「会社法制のいま」を知る上で必要な情報や視点を得られることと思います。
またここでは今回の論稿の対象を「コーポレート・ガバナンス法制」と「グループ会社法制」に絞った理由が以下のように述べられています。


要するに東京証券取引所の上場規則改正も含めて、近時の会社法制見直しの動きが提起する基本的論点は、第一に、上場企業のコーポレート・ガバナンス法制であり、第二は、グループ会社法制となるであろう。したがって、今後、この二つの基本的論点をめぐって会社法制見直しの検討が進められることになる。



また以下のように述べて、会社法制見直しが安易な方法でなされることに警鐘を鳴らしていらっしゃいます。


それゆえにわが国が適切かつ合理性のある会社法制を有することは、わが国の有力企業を今後ともわが国にとどめること、あるいは有力外国企業をわが国に積極的に誘致することのためにもきわめて重要なのである。有力企業が、日本から次々と脱出し、あるいは見向きもしないことになれば、わが国の繁栄はあり得ない。したがって、現在進行中の会社法制見直しにおいても、この視点を明確に意識した作業が進められることを希望したい。



この点については再度、日本のガバナンスのあり方について、「いかにもそのローカル性が際立つ」「いかにローカル・ルールのよさを主張したところで、残念ながら世界の疑念・批判はやまない」などという表現で、日本のガバナンスの問題点を指摘されています。


さて、今回の落合先生の論稿で私が興味深いのはやはり、「二 コーポレート・ガバナンス法制」です。
この部分をさらに細分化すると以下のような構成になっています。

1 取締役会の構成
2 従業員代表の監査役
3 情報開示の問題
4 公開会社法の理論的問題

どんどん対象が狭くなって申し訳ないのですが、上記中、「1 取締役会の構成」が、個人的に最も面白かったというか、私の興味にジャストミートだったので、この部分の紹介をしたいと思います。


落合先生は、

コーポレート・ガバナンスの要諦は、基本的に取締役会にある。

とはじめに言い切っていらっしゃいます。


いわゆる所有と経営が分離した会社においては、会社の経営は、株主ではなく、取締役あるいは執行役が行うから、取締役会のあり方が決定的だからである。


というのが、その理由。

さらに引用させて頂きます。もはや引用の域を出そうですが、ぜひ一読頂きたい部分です。


私は、現行会社法のようにガバナンスの根幹につき経営者に広い選択権を認めるのは妥当でなく、会社法自体が、その目指すべきコーポレート・ガバナンスのあり方を明示するとともに、そのガバナンスの基本的枠組みを法ルールとして明確に定めるべきであると考える。会社が適正に新たな富を社会にもたらすことは、われわれの社会の存続・発展に不可欠なのであるから、会社がその存在意義を発揮するための基本的なガバナンス構造は、会社法において明確に定めるべきであると考えるからである。



上記引用部分から、社外取締役や独立取締役(独立役員ではない)のあるべき姿や、監査役制度の要否などに話が進展していくのですが、取締役会の機能として、アドバイス機能を重視するのかモニタリング機能を重視するのか(後者が世界のデファクト・スタンダード)すら明確でない、と主張されています。


確かに会社法では「機関設計の自由度が高まった」などと言われるように、取締役会や監査役会や、場合によっては監査役が不要であったり、はたまた委員会設置会社にできたりという柔軟性はあるかも知れません。
これは2006年以前の旧商法とは異なり、会社法が、小規模な非公開会社にも配慮した法律になっていることが一因だと思います。
しかしそうは言っても、世界で勝負し、世界から投資してもらうべき上場企業を、小規模な非公開会社にも適用される法律で一つに括ることが非常に難儀であることは想像に難くありません。
そのために金商品取引法や公開会社法などのハードローや、東証の上場基準などのソフトローで、何とか船が沈まないように船体に開いた穴を塞ごうとしているというのが現状ではないでしょうか。

そのような現状から落合先生は、穴を塞ぐことばかりに夢中になっていないで、どこに向かうべきであるのかを認識したうえで、それに見合う船を作るべきではないか、とおっしゃっているように私には思えました。

コーポレート・ガバナンスは単に法律の話に留まらず、それは経営の話であり、さらには経済の話である以上、立法や行政が大きな方向性を示すことが必要であるのは自明の理のように思います。

そのような考えから、


会社がその存在意義を発揮するための基本的なガバナンス構造は、会社法において明確に定めるべきであると考える


という落合先生の主張に、「なるほどなぁ」と唸らされる私でした。







関連記事
スポンサーサイト
このエントリーを含むはてなブックマーク
Comment

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。