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強制せずに上手に子供を導くのが親の役目・・・かな!?

2010年07月03日
私の姉と兄は、たいへんな読書家でした。

勉強をしている姿はあまり見たことがなかったのですが、本だけはよく読んでいました。
兄に至っては、高校時代に国体に出場するほど部活動に熱中していたのですが、そんな中でも本だけはよく読んでいたように思います。

私も、姉兄ほどではないものの、勉強はしないけど本はよく読む、という流儀を踏襲していました。

私が本を読むようになったきっかけは今でもはっきりと覚えています。
小学校1年生のある日、家に帰ると食卓の上に一冊の本がポツンと置いてありました。
こんや円盤がやってくる 」という小学校低学年向けの文庫本です。

何故そのような本があるのかはわかりませんでしたが、パラパラと眺めているうちに面白くなってきて、結局一人で初めて、本らしい本を読破したのです。
その時に母親が「すごいねぇ」と大袈裟に誉めてくれました。

それ以来「本を読むと誉められる」と思い、次から次に本を買ってもらっては読むようになりました。
大人になってから気付いたのですが、あれは間違いなく母親の策略です(笑)

そのようなわけでわが家では、勉強は強制されないけど本を読むと誉められる、という暗黙の共通認識ができあがっていました。
ちなみにマンガもOKでした。
小さい頃の私の知識はドラえもんから得たものが多かったように思います。


さて、時は流れて、私の息子もこの春に小学生になりました。
私は以前から息子に、私が本を読むようになったエピソードを聞かせていました。
息子はそのエピソードにとても興味を持ち、私が大事に保存していた「こんや円盤がやってくる」を読みたいと言いました。
そこで私は、本人が読めるところまでは自分で読ませて、ところどころ私が読んであげたりということをしました。
それ以来、息子は学校の図書室で本を借りてきたり、本屋で「怪談レストラン」というちょっとコワイ話のシリーズをねだったりするようになりました。
30年前に私の母親が私にしていたことを、いま私が息子にしているのです。


そうして思うのは、親というものはあまり表立って子供に「あーせい、こーせい」というのではなく、さりげなく子供を誘導することが大切なんだな、ということです。

ほんの数ヶ月前まで保育園のわんぱくグループで思いっきり遊んでいた息子は、小学生になってはじめの半月ほど、学校に行くのがイヤだと言っていました。
じっと座っていることや、慣れない環境に戸惑っていて、感受性の強い息子にとって小学校は苦痛だったようです。
そこで始めの数日は、私が学校の近くまで一緒に歩いて行きました。
その後、息子があまりにトボトボ歩くのを見かねた「隣のおばちゃん」が、一週間ほど一緒に通学してくれました。
しかしこれでは根本的な解決にならんなあ・・・と思っていた私は、家の前を通っている通学中の小学生に声を掛けました。
「おはよう!キミ何年生?」
「1年生・・・」
「そうか!じゃあ、キミは明日から毎朝、ここのインターフォンのボタンを押してくれ!一緒に学校に行こうぜ!」
「うん・・・」
交渉成立。

それ以来、毎朝わが家のインターフォンが鳴ります。
そして次第に人数が増えてきて、最近では4人くらいが迎えにきます。
息子は意気揚々と学校に行くようになりました。


たぶんこれを読んだ方の中には、「バカじゃねーの!?」とか「過保護だ!」とか感じる方もいらっしゃるのではないかと思います。
でもきっとそんな方も忘れてしまっているだけで、自分が幼かった頃に、気付かないところで親に守られ導かれていたのではないかと思います。
自分が親になって初めて気付くことというのは、確かに多くあるものです。
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